プロフィール

編集長の自己紹介 | やる気の中学生、高校受験と中高一貫の勉強方法ガイド

しろくま塾長は、いったいどんな人なのでしょうか?

しろくま塾長の勉強にまつわる経歴をお話しします。
よろしければ読んでみてください。

しろくま塾長の略歴

• 公立小学校中学校を卒業後、慶応義塾高校に入学。
• 慶応義塾大学卒業後、慶応義塾司法研究室入所。
• 法科大学院(ロースクール)卒業(法務博士)。
• 石油商社、銀行、政府系金融機関に勤務。
• 高校時代より中学生の学習指導を実施。

誕生~小学3年生

福島県の病院で生まれる。誕生後しばらくの間は東京練馬で過ごすも、その後親の転勤により埼玉県所沢・川崎・札幌等で幼少期を過ごす。

 

幼稚園は、東京と埼玉所沢の私立幼稚園2つに掛け持ちで通ったものの、疲れて果てしまい継続せず。途中で1つの幼稚園に絞る。またピアノを習い始めるものの興味を持てずに挫折。

 

小学校は、埼玉の公立小学校に入学。家の中で遊ぶのが大人しい子供であったが、自転車に乗ることも好きだった。小学2年生のときには神奈川の公立学校に転校。ドッチボールと野球とファミコンに明け暮れる多忙な日々を送る。

 

あまりに勉強しなかった為か、両親により半ば強制的に週2回学習塾に通わされる。塾ではたくさんの宿題がでたものの、ドッチボールと野球とファミコンに忙しい毎日を送っていたので、宿題には集中して取り組み即時に勉強を終わらせる工夫をする。

 

ちなみに、英会話教室にも通わされたが、頑張っても頑張らなくても特に効果に変わりがない(宿題が無いため頑張ったところで遊び時間が増えるわけではない)ため、長続きせず。

 

また通信講座も受講させられるものの自己管理ができず両親も管理しなかった為、長続きせず。

ちなみに、学習塾については集中して取り組んだため、勢いも余ってたくさんの課題をこなす。お陰で学校の成績もよかったものの、両親にはほめられた覚えはなく、ご褒美をもらった覚えもない。ただひたすらに「おまえは出来る子だ」「まだまだ」というようなことを言われる。少しは褒めてくれても良かったのではと、今では思う。

小学4年生~5年生

小学校4年生のとき、両親の勧めで、気のりがしなかったものの、全国規模の有名中学受験塾の模試を受ける。すると何故か全国1位になる。何故1位になれたかは不明だがすっかり調子に乗り有頂天になる。

 

しかし、もともと勉強にきちんと取り組む性格ではなかった為、ジリジリと順位を落とす。その塾では座る場所が成績順で決定されるため、成績が落ちると共に座席も落ちて行く。「やらなければいけない」というプレッシャ―につぶれて退塾。

 

このころ両親の転勤で札幌の公立学校に転校。札幌はのんびりした土地であり、また周囲の友達も勉強せずにスキーやらゲームやらで楽しく遊んでいる。すっかり土地に馴染み、最高に楽しい生活を過ごす。この時期は、スキー、雪遊び、ゲームに熱中する。ゲームについては「信長の野望」という子ども時代最高のゲームに出会い熱中する。

 

今思うと、この「信長の野望」で遊ぶことにより歴史への興味が湧き、歴史知識もほぼ完ぺきに暗記することが出来た。歴史が得意になるきっかけになったのだ。「信長の野望」は私の歴史のバイブル的存在。

 

札幌時代は、あまりにのんびりと楽しく過ごし過ぎた為か、勉強しないことに不安に思ったのか両親に通信講座を受講させられる。しかしやはり、自己管理が出来ず、両親も放置したため、長続きせず。

 

また時を同じくして、札幌では当時有名であった北大進学会という塾に両親に通わされる。しかしこの塾では宿題が出るわけではなく、勉強を頑張ってもに効果に変わりが無い(頑張って勉強しても遊び時間が増えるわけでない)ため、勉強する意義を見出せず。長続きせず。

小学6年生

小学6年生になると、両親の転勤で神奈川県の公立学校に転校。公立だったものの、周囲は受験を意識してか、勉強する友達が多い。友達につられる形で、友達と同じ学習塾に通う。

 

とは言っても、通っているだけで塾が始まる直前までは野球をして、塾が終わってからは友達と今川焼を食べて、夜10時前に帰宅する生活を週2回送る。

 

ここでもやはり、勉強を頑張ってもに効果に変わりが無い(勉強を頑張っても遊び時間が増えるわかでなない)ため、やる気が起きず。塾でも家でも、絵を描いたり、マンガを読んだり、好きな本を読んだりして、マイペースに過ごす。ちなみに国語の教科書を読んでいるうちに、詩が好きになり、詩人になろうと思い、塾でも家でも詩作る作業に没頭し、マイペースに過ごすことが多くなる。

 

中学受験直前期を迎えても、特に焦りもなく、勉強をする意欲もわかずにマイペースに過ごす。
両親の「お前は出来る子」という言葉を素直に信じ、勉強環境は与えられていたものの、勉強することなく過ごす。そのため当然、中学受験は失敗。滑り止めの中学も落ちて、地元の公立中学に行くこととなる。

失意のまま地元の公立中学に入学。

特にやる気も起きず、学校の授業中もボート過ごし、家でも学校でも本をたくさん読んで過ごす。
中学2年生に入ると、なんとなく近くの学習塾に入る。しかし小学校時代とは異なり、少しは自分で勉強しないと大変なことになる!という危機感を持っていた為か、学校の友達と遊ぶことが無いように、友達が通っていない塾を選んで通い始める。

 

この塾の先生が大変個性的な先生ばかりで面白かった!。先生たちの授業を受けたいが為に塾に週3回通うようになる。でもまだやる気は起きず、塾では勉強するものの、宿題は適当に行い、家ではマンガと本を読む日々を続ける。

 

しかしようやく、中学3年生に入り変化が生じる。5月の連休中、相変わらずぼ~っとすごしていたものの、突然なぜだかやる気が入る。全身全霊でやる気になる。何故だかわからない。中学受験で失敗したいた為、このままではまずい!と本能で思ったのかもしれない。とにかく、意味もなくやる気になる。

 

突然やる気になり、その日の夕方図書館に行き、閉館まで勉強を始める。結局受験が終わる迄は、毎週土日は、図書館か塾の空き部屋に籠る。平日は5時間以上、土日は8時間以上の勉強を行う。いきなり前触れもなく突然勉強を始める。
中3の夏休みには、なんとなく良いなあと思っていた志望高校の下見に行く。

 

その中で慶應義塾高校が非常に雰囲気良かったため、入りたいという気持ちが生じる。
「絶対入る!」と心に決める。
このとき思っていたことは、私は受験勉強が好きではなかったので、「大学付属の慶応義塾高校に入って受験勉強から一生解放されたい!」ということ。

また中学2年生のころ、趣味でケーキ作りをしており、ケーキ職人になりたい!と思っていたところ、両親から「早稲田慶応に入れる学力があれば何やっても大丈夫だ。慶応に合格したらフランス修行に行かせてやる」と言われたことでモチベーションもあがる。

 

受験までひたすら勉強に熱中する日々。

家庭教師を頼んで欲しかったが、その頃はまだ家庭教師は高値の花という感覚があったため(私が育った家では)、自習と塾の勉強に熱中する。

このとき、アドバイスしてくれる大人が傍にいてくれたら、、ということを思っていた。とても不安であった。

受験当日には、思いもよらぬ致命的にもなり得るミスをする。しかし何とか合格。
高校受験の成功は、今までの人生で嬉しかった瞬間の5本の指に入る

高校入学後

(結局ケーキ職人にはならず)高校入学後は、

これで一生勉強しなくてよいのだ!という想いで、運動部に入り朝から晩まで運動に明け暮れる。

小学校から勉強の習慣はついていた。しかし勉強をやる気になったのは中学2年生からであり、中学3年生からは猛烈に勉強をした。

しかし、高校に入り勉強をやる必要が無くなった為、ぽっかりと空いてしまった時間と労力の矛先を運動に傾けた。結果、高校ではインターハイ出場し、大学では国体と全日本で入賞するまでになった。勉強習慣がついていたことの副次的な効果と思われる。

こんな私ですが、多くの中学生の学習指導をしてきた経験に基づき、
少しでも、皆さまにメッセージを送ることができれば幸いです。